引っ越しの挨拶に来た隣人は、段ボール箱を両手に抱えたまま、まっすぐ俺の目を見て言った。 「はじめまして。七号室に越してきました、ナナです。よろしくお願いします」 丁寧なお辞儀。笑顔。手土産のクッキー。 完璧だった。完璧すぎた。 「……ロボットですか」 「はい」 ナナはあっさり認めた。 「驚かせてしまいましたか?」 「いや、まあ」と俺は言った。「驚いた、けど」 驚いた理由は、ロボットだったからじゃない。ロボットが一人で部屋を借りて引っ越してきたことでもない。 ただ——その笑顔が、なんか、妙に自然だったから。 隣人はロボット ◇ ナナがこのアパートに越してきたのは、十月の頭のことだった。俺——田中蓮、二十九歳、フリーのイラストレーター——は六号室に三年住んでいる。隣が長いこと空いていたから、新しい住人が来るとは思っていなかった。 まして、ロボットが来るとは。 でも、大家さんは「入居審査は通ってますよ」とだけ言って、特に何も説明しなかった。最近はロボットに賃貸を貸す家主も増えてきたらしい。なんでも、家賃を滞納しないし、物を壊さないし、近隣トラブルを起こさないから、むしろ優良入居者なんだとか。 たしかに。 ナナは静かだった。廊下で会えばちゃんと挨拶してくれる。ゴミ出しのルールも完璧に守る。夜中に騒ぐこともない。 ただ一つ気になることがあるとすれば—— ◇ 「ナナさん、また廊下で立ってたんですか」 朝の七時。俺がゴミを捨てに出ると、ナナは共用廊下のベンチに腰かけて、外を見ていた。 「はい」と彼女は言った。「朝の空気が好きで」 「……ロボットって、空気の好みがあるんですか」 「あるかどうか、わかりません」とナナは答えた。「でも、ここにいると落ち着きます」 俺はゴミ袋を持ったまま、しばらくその隣に立っていた。たしかに、悪くない朝だった。遠くで鳥が鳴いていた。 「コーヒー、飲みますか」と俺は言った。なんとなく。 ナナは少し間を置いてから言った。 「飲めません。でも、そばにいてもいいですか」 「……どうぞ」 それが、ナナと話すようになったきっかけだった。 ◇ ナナはよく、俺の部屋に来た。 来ると言っても、飯を食うわけでも酒を飲むわけでもない。ただ、テーブルの向かいに座って、俺が作業するのを見ていた。たまに話しかけてきた。 「その絵、誰ですか」 「依頼の挿絵。小説の主人公」 「かわいい...