1979年の夏。 東京の満員電車の中で、耳にヘッドフォンをつけた若者が現れ始めました。 周りの乗客は、最初、その姿をじっと見ていました。 「あれは何だ?」と。 その小さな機械の名前は??ウォークマン。 発売からわずか1か月で、初回生産分が完売しました。 耳にヘッドフォンをつけた若者 昭和54年、1979年の日本を少し振り返りましょう。 前回お話しした昭和49年から、5年が経っています。 オイルショックの混乱も落ち着き、日本経済は再び上向きはじめていました。 若者文化が花開き、ファッション、音楽、映画??街全体が明るい空気に包まれていた時代です。 音楽の楽しみ方といえば、当時はレコードが主流でした。 家で大きなステレオの前に座って、じっくり聴く。 音楽は「家の中で聴くもの」というのが、当たり前の常識でした。 そこにソニーが持ち込んだのが、「外で、歩きながら、音楽を聴く」という、それまで誰も考えなかったアイデアです。 ウォークマンが生まれたきっかけには、有名なエピソードがあります。 ソニーの創業者、井深大さんが「長距離フライトの機内で音楽を聴きたい」と言ったことがヒントになったと言われています。 当時の技術者たちは、既存のテープレコーダーから録音機能を取り除き、再生専用の小型機械を作ることにしました。 社内では最初、反対意見が多かったそうです。 「録音もできない機械が売れるはずがない」という声が上がりました。 しかし、もう一人の創業者・盛田昭夫さんが「絶対に売れる」と確信し、発売を押し切った。 1979年7月1日、ウォークマン第一号「TPS-L2」が発売されます。 価格は3万3000円。 当時の大卒初任給が10万円ほどでしたから、決して安くはありませんでした。 それでも飛ぶように売れた。 ウォークマンが登場する前、電車の中はどんな様子だったでしょうか。 みんな、ただ立っているか、座っているか、新聞を読んでいるか。 窓の外をぼんやり眺めているか。 隣の人と話すこともほとんどない。 通勤電車は、ただ「移動するだけの時間」でした。 ウォークマンが変えたのは、その「移動の時間」の意味です。 ヘッドフォンをつけた瞬間、満員電車の中に自分だけの空間が生まれる。 好きな音楽が流れ、周りの騒音が消える。 たとえ体は押しつぶされていても、耳の中は自分だけの世界。 これは、日本人にとってま...