ねえ、あなた──女探偵って聞くと、どんなイメージが浮かぶのかしら?
冷たくて、理知的で、感情を見せないタイプ?
それとも、男まさりの無骨な女?
……どれも違うわ。私を見れば、わかるでしょ?
40を過ぎたこの体。少し丸みを帯びた腰。深く刻まれた視線の奥にある過去。
若い子には出せない“艶”が、今の私の武器。
依頼は大抵、つまらない浮気調査ばかり。
けど、今回は──少し違った。
「夫が……毎晩、女の家に通ってるんです」
真珠のような涙を頬に流しながら、そう言ったのは、資産家の若い奥様だった。
不倫調査なんて日常茶飯事。でもこの依頼には、妙なひっかかりがあったの。
「どこか……様子が変なの。女の写真も、通話記録も何も残さないのに、夫は夜になると必ず外出して……」
まるで、消えるように。
私は男の行動を洗い直した。
高級車の追跡は、雨の夜が最も映える。
フロントガラスに滲むヘッドライトの灯り、雨粒の揺れるワイパー。
ふと、男が止まった先にあったのは──古びたマンションの一室。
そこにいたのは、予想外の“女”だった。
「ようこそ、女探偵さん」
待っていたのは、黒髪に赤い口紅を引いた──私と同じくらいの年齢の、美しい女。
彼女の瞳は、まるで私の中身を覗き込むようだったわ。
「来ると思ってた。あなた……あの奥様に頼まれたんでしょ?」
まるでシナリオ通りの展開。
けれど、その女の立ち振る舞いはただの愛人じゃない。
……なぜか、胸がざわつくのよ。
私と彼女は、グラスを交わしながら話をした。
ねっとりと絡む視線、絶妙な距離感。
言葉の裏に潜む嘘と、時おり漏れる真実。
「あの男は、あなたを裏切ってるわけじゃないの。むしろ──あなたたち夫婦が、彼に利用されてるのよ」
不倫じゃない?
それじゃ……この“密会”はなんなの?
彼女の手が、私の指に触れたとき。
心拍が跳ねた。
「あなたみたいな女、久しぶり。色っぽくて……危なくて……惹かれるわ」
私は探偵。男と女の秘密を暴くのが仕事。
でもね、その夜だけは──
“暴く”より、“溺れたい”と思ってしまったの。
指先が触れ合い、唇が近づく。
歳を重ねた女同士の、静かで、けれど激しい火花。
……ねえ、あなた。
想像できる?
40代の美人探偵が、捜査の先で見つけたのが、恋だったなんて。
翌朝。私の横に眠る彼女を見て、心が揺れた。
このまま、仕事を放棄してしまえば楽になるかもしれない。
でもね──それじゃ、探偵としての“けじめ”がつかないわ。
私は彼女のスマホを、そっと手に取った。
そして見つけたの。
隠されたデータ、消去されたメッセージの復元。
そこには、あの資産家の夫が、彼女と“もうひとりの男”と組んで仕組んだ財産狙いの計画が。
……私を巻き込んだのも、想定内だったのかもしれない。
でも、甘く見ないでほしい。
中年女の“勘”と“情”は、想像よりずっと鋭くて、強いのよ。
私は依頼人にすべてを報告した。
夫は逮捕、女は国外逃亡。
けれど、私の心には、あの夜のぬくもりだけが──静かに残ったまま。
「また誰かの秘密を、暴かなきゃね」
赤いルージュを引いて、私は次の依頼へ向かう。
ねえ、あなた。
女探偵に恋なんて、似合わないと思う?
でも──
中年のセクシーな女だって、
時には、誰かに抱かれたくなる夜もあるのよ。
それが、どんなに危険な“恋”だったとしても。

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