はじめまして。 私は由美子、三十七歳。夫の実家で義父と二人暮らしです。 夫は単身赴勤で、もう二年近く帰ってきていません。
義父は八十九歳。要介護5。ほとんど言葉も出ず、昼間は眠ってばかり。 夜中の介護は私が一人でやっています。オムツ交換、拭き取り、体位変換……毎晩同じ作業。
異変は三ヶ月前から始まりました。 深夜二時過ぎ、私が義父の体を拭いているとき。 いつもは目を閉じている義父が、ぽつりと。
「……声、もっと出していいよ」
私は手を止めて、耳を疑いました。 最近は「お水」「痛い」すら言わない人なのに。 幻聴かな、と思ってそのまま作業を続けました。
でも次の日も、その次の日も、必ず同じタイミングで。 私が義父の足の付け根を拭いているとき、耳元で。 「由美子……声、もっと出していいよ」 「我慢しなくていい」 「誰も聞いてないから」
最初は本当に小さな、掠れた声でした。 でも日に日に少しずつ大きく、はっきりしてきて。 まるで、私がどれだけ我慢しているか知ってるみたいに。
私は夜中でも夫に電話できないし、近所にも聞かれたくない。 だからいつも、歯を食いしばって声を殺してきました。 寂しい夜も、辛い夜も、ひとりで慰める夜も。 義父はそれを見てるって言うんです。 「毎晩見てたよ」って。 「由美子が泣きながらしてるの」って。
先週、とうとう耐えきれなくなって、 夜中の介護中に聞いてしまいました。 「義父さん……どうしてそんなこと言うんですか? 何が見えてるんですか?」 すると義父は、初めて目を開けて、私をまっすぐ見て。 薄く笑って、こう言ったんです。
「俺の目、もう見えないけど……お前の息遣いは、全部わかる」 「熱も、震えも、指の動きも」 「だから……声、もっと出していいって言ってるだろ」
その瞬間、背筋が凍りました。 だって、私が一人でしているとき、いつも決まって同じ順番で触るんです。 最初は首筋から始まって、胸を撫でて、下に降りて…… 義父はその順番を、全部言葉でなぞったんです。 「次はここだろ?」「もっとゆっくりだろ?」って。
今夜もまた、二時になりました。 私は震えながら義父の部屋に入りました。 オムツを外して、拭き取りを始めると、案の定。 耳元で、あの声。
「由美子……今夜は我慢しないで」 「声、全部聞かせて」
私は必死に唇を噛んで、声を殺しました。 でも、義父は私の耳たぶに息を吹きかけて、囁き続けます。 「いいよ……もう誰もいない」 「夫も帰ってこない」 「だから、今夜だけは……」
……もう限界です。 手が震えて、タオルが落ちました。 義父は満足そうに目を細めて、 最後に、はっきりと言いました。
「ほら、もう出てる」 「お前の声……ちゃんと聞こえてるよ」
……今、部屋の外で、車椅子の音がします。 でも義父はここにいます。 私のすぐ横で、息をしています。
(小さく息を乱しながら) ねえ……あなたも、聞いてる? 私の声……今、ちゃんと届いてる?
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