深夜に響く隣人の奇妙な叫び声

あの夜、私はいつものように深夜残業を終え、静まり返ったアパートの一室へと帰宅した。時計の針は日付が変わる少し前を指しており、疲れ切った体を引きずりベッドに倒れ込んだのだが、奇妙なことに全く眠気が訪れなかった。疲労困憊しているはずなのに、神経だけが異様に研ぎ澄まされているような、そんな感覚に囚われていたのだ。

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ふと、遠くのほうから微かに聞こえるような、まるで誰かが苦悶しているうめき声のようなものが、私の耳に飛び込んできた。最初は疲労による幻聴か、あるいは単なる寝言かと思ったが、その音は次第に大きさを増し、音源が明らかに隣の部屋から聞こえてくるものであることに気が付いた。

それはただのうめき声などではなかった。まるで喉を引き裂かれる寸前の獣が、最後の力を振り絞って発するような、おぞましく、そして耳障りな叫び声だった。想像を絶する恐怖に全身を貫かれた私は、震えが止まらない手でスマホを必死に握りしめ、今すぐにでも警察に通報するべきかどうか、激しく迷った。

しかし、まるで残酷な悪夢の終焉を告げるかのように、けたたましい叫び声は唐突に静まり、やがて完全に消え去ってしまった。あたかも、今までの一連の騒音が、すべて幻であったかのように。

翌日、私は眠れぬ一夜を過ごした重い足取りで、意を決して隣人に声をかけてみることにした。ドアの向こうにいる彼は、ひどく憔悴した様子でドアを開け、まるで何かを私から必死に隠そうとしているかのような、不自然な挙動を見せた。

「あの、すみません。昨夜、何かあったんですか？」私はできるだけ穏やかな口調で尋ねた。

彼は私の目をまともに見ようとせず、わずかに視線をそらしながら、「ああ、ええ、実はちょっと体調が悪くて…」と、明らかに言葉を濁した。

私は彼の言葉を素直に信じることがどうしてもできなかった。なぜなら、昨夜私が確かに聞いたあの叫び声は、決して単なる体調不良で人が発するような、そんな生易しいものではなかったからだ。

それからというもの、私はほとんど毎晩のように、隣の部屋から聞こえてくる不気味な音に悩まされるようになった。それは昨夜のような絶叫だけではなく、壁を激しく叩きつけるような音、何か重たいものを床に引きずるような音、そして何かが無残にも砕け散るような音など、様々な種類の異音が時間も場所も関係なく、私の耳に届くようになった。

安眠を妨害された私は徐々に精神的に追い詰められ、ノイローゼ寸前の状態にまで陥ってしまった。そしてついに、私は意を決してアパートの管理人に相談することにした。

管理人は私の話を聞くと、最初は半信半疑といった困惑した様子で、「そのような騒音に関する苦情は、今まで一度も聞いたことがありませんね」と言った。しかし、私が必死に訴え続けると、彼は最終的には渋々ながらも、隣人の部屋を一緒に訪ねて、直接事情を聞いてみることに同意してくれた。

管理人がドアをノックしても、中からの応答はなかった。何度も何度もノックを繰り返すと、まるで重い扉がゆっくりと開かれるかのように、静かにドアが開き始めた。

そこに立っていた隣人は、数日前よりもさらにやつれた陰鬱な顔で私たちを見下ろし、「一体、何の御用ですか？」と、低い声で尋ねた。

管理人はにこやかに事情を説明し、騒音の件で住人に迷惑がかかっているかどうかを確認するため、部屋の中を少しだけ見せてほしいと丁寧に頼んだ。隣人は露骨に嫌な顔をしたが、最終的には観念したように承諾した。

部屋の中は、一見するとごく普通の生活空間に見えた。しかし、私は鋭い観察眼で、すぐに決定的な異変に気づいた。部屋の隅に無造作に置かれた大きなカーペットの下から、黒ずんだ液体が微かに染み出ているのだ。

私は抑えきれない好奇心と恐怖心に突き動かされ、恐る恐るカーペットをめくり上げてみた。そして次の瞬間、私はそこに広がっていた目を覆いたくなるような、地獄絵図さながらの光景に息を呑んだ。

床一面には乾ききっていない、おびただしい量の血痕が広がっていた。そして、その血の海の中に無残にも横たわるのは、原型をほとんど留めていない、バラバラにされた人間の死体だった。

私は喉が張り裂けるような悲鳴を上げ、その場にへたり込んでしまった。隣人は狂ったように哄笑（こうしょう）し始め、「これで、やっとすべてが終わるんだ…」と、まるで何かに取り憑かれたかのように、意味不明な言葉を呟いた。

その後の警察の調べによって、隣人は数ヶ月前から重度の精神疾患を患っており、深刻な妄想に取り憑かれていたことが判明した。彼は誰にも気づかれることなく、自分の部屋を密室の殺人工場と化し、次々と罪のない人々を殺害し、その死体をバラバラにして部屋の中に隠蔽していたのだ。

私は今でも、あの夜に聞いた身の毛もよだつ叫び声と、あの時カーペットの下に隠されていた、おぞましい惨劇の光景を鮮明に思い出す。そして、もしかしたらあの時、私も彼の犠牲者の一人になっていたかもしれない…という拭いきれない恐怖に、今もなお苛まれ続けているのだ。