あら旦那、ちょいと聞いておくんなまし。近頃あたしが夢中になっているものがありましてね。それが何かって? ドッグアジリティってぇ遊びなんでありんすよ。
犬が障害物をぴょんぴょん飛び越えたり、トンネルをくぐったり、細い板の上を走ったりする競技なんですって。
いやぁ、これが見ていて実に面白いんでありんす。
江戸の町でそんなことをやったら、長屋の犬まで大騒ぎでありんしょうね。
「おい、八公! あの犬を見ろ! あんな高い障害物を飛び越えたぞ!」
「なに、うちのポチだって負けちゃいねえ。昨日なんざ、縁側から飛び降りて、おかみさんの漬物桶に飛び込んだんだ!」
それは競技じゃなくて、ただのいたずらでありんすよ(笑)。
そもそもドッグアジリティってのは、犬と人間が息を合わせるのが大事なんですって。
飼い主が手や声で合図を出して、犬がその通りに障害物を進んでいく。つまり犬と人間の二人三脚ならぬ、四本足と二本足の共同作業ってわけでありんす。
ところがね、犬ってのはなかなか人間の思い通りには動かないもので。
飼い主が「右!」と叫べば左へ行き、「ジャンプ!」と言えば座り込む。
しまいには飼い主が必死になって走っているのに、犬だけコースの外へ出て、見物人の弁当を狙っているなんてこともありそうでありんす。
あたしなんぞ、そんな犬を見たら思わず応援しちまいますね。
「頑張んな! あんたは自由に生きるために生まれてきたんだよ!」
なんてね。
そうそう、江戸時代にも犬はずいぶん身近な存在だったんですよ。町中を歩き回る犬もいれば、飼い主に大事にされている犬もおりましてね。
徳川綱吉公の時代なんざ、犬を大切にしなさいというお触れまで出たくらいでありんす。
もしあの時代にドッグアジリティがあったら、幕府公認の犬の運動会なんて開かれていたかもしれませんね。
「本日の御前試合、第一番! お犬様による大障害物競走!」
なんて立派な看板が立って、殿様まで見物に来たりして。
ところが、犬が途中でコースを外れて殿様の膝に飛び乗っちまったら大変。
「おお、見事な忠義者じゃ!」
なんて褒められるのか、それとも競技失格になるのか。
審判も頭を抱えることでありんしょう(笑)。
それにしても、犬が一生懸命走っている姿ってのは、見ているだけで元気が出ますねえ。
人間なんざ、ちょいと走っただけで息切れして、「今日は膝が痛い」「腰が重い」なんて言い訳ばかり。
その点、犬は素晴らしい。
ただし、競技が終わったらご褒美のおやつを忘れちゃいけませんよ。
犬だってタダ働きじゃ走りませんからね。
あたしも三味線を弾いた後には、団子の一本くらい欲しいもんでありんす。
結局、犬も芸者も同じでありんすね。
褒められれば頑張る。おやつがあればもっと頑張る。
そして何より、好きなことをしているときが一番幸せ。
あら旦那、今度あたしがドッグアジリティの真似をしてみましょうか?
障害物を飛び越えて、トンネルをくぐって、最後に三味線を一曲!
ただし、途中で着物の裾を踏んづけて転んだら、競技続行はできませんよ。
そのときはどうか、犬用のおやつじゃなくて、あたしには上等な羊羹をおくんなまし。
江戸の芸者は芸達者、犬の芸にはかなわない。これぞ本日の落ちでありんす!

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