あら旦那、今夜はちょいと面白い話がありんすよ。
このところ江戸の町では、お上から「いざというときのために、三日分の食べ物を蓄えておくように」というお達しが出たそうでねぇ。
まあ、何が起きるか分からない世の中ですから、食べ物を少し余分に用意しておくのは悪いことじゃありません。
ところが、あちきの住んでいる長屋では、このお達しが大騒ぎになりましてね。
長屋の熊五郎なんぞ、朝から米屋へ駆け込んで、「米を三日分くれ!」と大声で注文したんですよ。
米屋が「旦那、何人分でございます?」と聞いたら、熊五郎は胸を張って答えました。
「俺と女房と猫の分だ!」
米屋が「猫も米を食べるんですかい?」と聞くと、
「いや、猫は魚を食う。だから魚も三日分だ!」
あらまあ、ずいぶん立派な備蓄でありんすねぇ。
ところが熊五郎、肝心なことを忘れていたんですよ。
家に帰って女房に見せようとしたら、買った米を全部、帰り道の団子屋で食べてしまったんですって。
女房が怒って「三日分の米はどうしたんだい!」と問い詰めると、
「心配するな。腹の中に三日分入れておいた!」
ですって。
まあ、備蓄というより、ただの食いだめでありんすねぇ。
それを聞いた長屋のご隠居が、「食べ物を蓄えるなら、腐らないものを用意するのがよい」と教えてくれましてね。
それを聞いた与太郎が、さっそく何かを買いに出かけたんです。
しばらくして帰ってきた与太郎の手には、なんと石が三つ。
ご隠居が驚いて、「おい、それは何だ?」と聞くと、
「石なら腐らねえ。三日どころか三十年でも持つぜ!」
あらあら、食べられないものを備蓄してどうするんでありんしょう。
与太郎はさらに、「腹が減ったら石を眺めて、気持ちだけ満腹にするんだ」と言い張るんですよ。
そりゃあ、気持ちは満腹でも腹の虫は納得しませんねぇ。
ところで旦那、備蓄というのはなかなか難しいものでありんす。
食べ物を買いすぎれば置き場所に困るし、買ったことを忘れれば、いざというときに役に立たない。
この前も長屋のおかみさんが、押し入れの奥から古い餅を見つけましてね。
「これはいつ買ったんだろうねぇ」と亭主に聞いたら、
亭主が真面目な顔で答えたそうです。
「おそらく前の飢饉のときだろう」
おかみさんが「そんな昔の餅が食べられるわけないだろう!」と怒ると、
亭主は平然とこう言ったんです。
「だからこそ貴重なんだ。歴史のある餅じゃねえか!」
まあ、食べ物に歴史を持たせても仕方ありませんねぇ。
それにしても、三日分の備蓄というのは、なかなか考えさせられるお達しでありんす。
普段から少しずつ用意しておけば、慌てずに済みますからね。
ただし、あちきがひとつ心配しているのは、備蓄した団子を旦那たちが見つけてしまうこと。
「これは非常食だから食べてはいけません」と書いておいても、江戸の男というのは困ったものでねぇ。
「非常食ってのは、非常に腹が減ったときに食べるものだろう?」
なんて言って、あっという間に食べてしまうんですから。
あちきは決めましたよ。
これからは団子を三日分ではなく、四日分用意することにします。
三日分は非常食、残りの一日分は、非常に食いしん坊な旦那たちから守るための予備でありんす。
あら、旦那。今、団子の話を聞いて目が輝きましたね?
いけませんよ。これは備蓄ですからね。
……もっとも、あちきもひとつくらいなら、非常時でなくても食べていいと思っておりますけどねぇ。

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