冷蔵庫のドアを開けたまま、恵子はしばらく動けなかった。
野菜室に、ピーマンが三つ並んでいた。しかも、ちゃんとへたの向きを揃えて。
——誰がこんなことを?
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| 再婚中年夫婦の心の葛藤 |
答えはわかっている。再婚して半年になる夫の達雄だ。口数が少なく、感情を表に出さない男。恵子の前の夫は、台所に足を踏み入れたことすらなかった。
「……気持ち悪い」
小声で言ってから、恵子は自分の言葉に傷ついた。違う、そういう意味じゃない。ただ、慣れていないのだ——誰かに、さりげなく気にかけてもらうことに。
四十八歳で再び人と暮らすということは、思っていたより難しかった。相手を傷つけるのが怖いのではなく、相手に優しくされると、昔の自分がうずくのが怖い。ありがとうの一言が、喉の奥で石になる。
リビングに行くと、達雄がソファで文庫本を読んでいた。
「ピーマン……並べてくれたの?」
達雄は本から目を離さずに言った。「倒れてたから」
それだけだった。説明もしない。恩着せがましくもない。
恵子は窓の外を見た。雨が降り始めていた。四月の雨は花びらを散らしながら、それでも新しい葉を濡らしていく。
「……夕飯、ピーマンの肉詰めにする」
ようやくそれだけ言えた。達雄は「ああ」と短く答えた。でもその口元が、少し緩んだのを、恵子は見逃さなかった。
これでいい、と思った。大きな愛の言葉よりも、ピーマンを並べる手のほうが、今の自分には届く。もう一度だけ、誰かと春を生きてみてもいいかもしれない——と、石だった何かが、静かに溶けていった。
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