一人暮らしの大学生に防災用品を備蓄させるのって、なかなか難しいらしいね。
親としては、地震や台風でスーパーやコンビニの商品がなくなったら困るから、水や食料を用意しておいてほしい。でも本人は、そんなことより今日の晩飯をどうするかのほうが重要だったりする。
親が「非常食を買っておきなさい」と言うと、子供は「大丈夫だよ」と答える。
この「大丈夫」という言葉、いったいどこから湧いてくるんだろうね。
根拠はない。備蓄もない。お金もない。
それなのに自信だけは、富士山のようにそびえ立っている。
しかも、冷蔵庫を開けたら入っているのは飲みかけのペットボトルと、賞味期限がいつだったか分からない調味料。非常時になったら、ケチャップを水で薄めてトマトジュースを作るつもりなのかもしれない。
いや、それは料理の工夫じゃなくて、遭難者の知恵だからね。
東日本大震災のときには、東京でもスーパーやコンビニの棚から商品がなくなった。普段なら簡単に買える食料が手に入らず、営業している牛丼屋に人が並んだという話もある。
ところが、当時まだ小さかった子供にとっては、そんな記憶はほとんど残っていない。
だから親が写真を見せて、「ほら、こうなるんだよ」と説明する。
すると子供は真剣な顔で写真を見て、こう言う。
「へえ、すごいね。ところで今日の夕飯どうする?」
ダメだ、危機感より食欲が勝っている。
人間というのは不思議なもので、実際に経験していない危機は、なかなか自分の問題として感じられないんだよね。
これを心理学では「正常性バイアス」と呼ぶことがある。悪いことが起きる可能性があっても、「自分は大丈夫だろう」と考えてしまう心理だ。
ただし、若者だけの話じゃない。大人だって健康診断の結果を見ながら、「まあ、来年から気をつければいいか」と考えたりする。
人間は危機に備えるより、危機が来ないことを祈るほうが得意なのかもしれない。
さて、問題は備蓄スペースだ。
大学生のワンルームなんて、ただでさえ狭い。ベッド、机、冷蔵庫、洗濯物。そこに水や食料を大量に置いたら、部屋の中が倉庫になってしまう。
親が段ボールいっぱいの保存食を送ったら、子供から「置く場所がない」と苦情が来る。
それで仕方なく、ベッドの下に水を収納する。
次にトイレットペーパーを押し入れに入れる。
非常用トイレを置く場所がなくなり、最後には自分が寝る場所までなくなる。
これでは災害が来る前に、部屋の中で遭難してしまう。
だから備蓄は、いきなり大量に用意する必要はないんだよね。まずは飲み水、すぐ食べられる食品、モバイルバッテリー、簡易トイレなど、場所を取らないものから少しずつ用意すればいい。
普段食べる食品を少し多めに買って、古いものから食べて補充する方法なら、特別な倉庫も必要ない。
そして親ができることは、子供の部屋を非常食で埋め尽くすことより、必要なものを買えるように少し援助してあげることかもしれない。
ただし、送るたびに「ちゃんと備蓄した?」「水は何本ある?」「賞味期限は確認した?」と連絡すると、子供のほうは災害より親からのメッセージに恐怖を感じる可能性がある。
地震が来る前に、親子関係が震度7になってしまう。
結局、防災で一番難しいのは、物を備えることじゃなくて、本人に必要性を感じてもらうことなのかもしれないね。
ちなみに、非常食を送るときに一番効果があるのは、もしかすると「これ、おいしいから食べてみて」という一言かもしれない。
防災用品として渡すと放置されるのに、おいしい食べ物として渡すと、あっという間になくなる。
そして数日後、子供から連絡が来る。
「送ってくれた缶詰、全部食べたよ!」
……いや、備蓄っていうのは、全部食べる競技じゃないんだよ。
こうして親の防災計画は、子供の胃袋によって無事に消費されるのであった。
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