みなさん、五・一五事件って覚えてますか?
1932年、海軍の青年将校らが犬養毅首相を襲撃し、暗殺した事件です。
当時の日本は、満州事変のあとに満州国を成立させ、国際社会との関係も大きく揺れていた時代でした。政治への不満や軍部の影響力が強まる中で起きた、重大な事件だったんですね。
ところで、ここでちょっと考えてみたいんです。
人間って、自分の意見が通らないとき、どこまで我慢できるんでしょうか?
普通なら、まず話し合いますよね。
「私はこう思います」
「いや、私はこう考えます」
「なるほど。でも、ここはどうでしょう?」
こうやって意見をぶつけ合って、妥協点を探すわけです。
ところが、世の中には話し合いそのものを嫌う人もいます。
自分の意見が通らないと不機嫌になる。
反論されると怒る。
さらに反論されると、もう話の内容ではなく、相手を黙らせることが目的になってしまう。
いやいや、議論って相手を倒す格闘技じゃないんですよ。
言い負かしたところで、相手の頭の中にある考えまで消せるわけじゃありませんからね。
もし口論するたびに相手の考えが消えるなら、世の中の営業マンは全員、弁護士資格より大声を出す練習をしているはずです。
しかも、五・一五事件のように暴力で政治を変えようとすれば、失われるのは命だけではありません。
政治家が安心して意見を述べられなくなり、反対意見を持つ人が口を閉ざし、社会全体が自由に議論する力を失っていくんです。
つまり、暴力は相手を黙らせることはできても、問題を解決したことにはならないんですね。
ここが大事なところです。
ただ、歴史というのは不思議なもので、昔の大事件を勉強すると、現代の身近な人間関係にも似たものを感じることがあります。
たとえば、職場で自分の意見が通らないと、机をバンッと叩く人。
家族に反対されると、何日も口をきかなくなる人。
インターネットで反論されると、相手の意見ではなく人格を攻撃し始める人。
もちろん、こうした行動と政治的な暗殺事件を同じものとして扱うことはできません。
でも、自分の思いどおりにならないことを、話し合いではなく威圧で解決しようとする姿勢には、注意が必要なんです。
人間って、自分が正しいと信じているときほど、意外と危ないんですよ。
間違っているかもしれないと思っている人は、相手の話を聞きます。
でも、自分が絶対に正しいと思っている人は、相手の話を聞く必要がないと思ってしまう。
頭の中で自分が裁判官を務め、判決まで出しているんです。
しかも、陪審員も全員、自分の意見に賛成。
これじゃあ裁判じゃなくて、ただの一人芝居です。
五・一五事件が起きた1932年の日本では、その後も政治家への暴力が続き、1936年には二・二六事件も起きました。政治に対する暴力が、社会に深刻な影響を与えていったわけです。
歴史から学べるのは、誰かを悪者にして終わり、ということではありません。
意見が対立したときに、どうやって暴力を使わずに解決するか。それを社会全体で守ることが大切なんですね。
……とはいえ、家庭内の話し合いでも、なかなか難しいことがあります。
奥さんに「今日は何を食べたい?」と聞かれて、「何でもいいよ」と答える。
すると「じゃあ、カレーでいい?」と言われて、「昨日もカレーだったじゃん」と反論する。
この時点で、こちらの政治生命はほぼ終了です。
さらに「じゃあ、何がいいの?」と聞かれて、「うーん、何でもいいよ」。
これはもう、話し合いによる解決を放棄したも同然です。
五・一五事件とは規模も深刻さもまったく違いますが、話し合いを成立させるには、自分も意見を出し、相手の意見も聞く必要があるんですよね。
というわけで、今日のくだらない結論。
世界平和の第一歩は、相手を黙らせることではなく、相手の話を最後まで聞くこと。
そして家庭平和の第一歩は、「何でもいい」と言った人が、ちゃんと自分で夕食の候補を三つ挙げること。
歴史の教科書には載っていませんが、これはこれで、なかなか重要な問題かもしれませんね。
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