私、高橋健一、54歳。定年退職を目前に控えたこの時期、心の中は複雑な感情でいっぱいだ。毎日同じ時間に同じ電車に乗り、同じ会社へと向かう日々。そんなルーチンから解放されるのは、一見すると自由そのもののように思える。しかし、自由と引き換えに失うものがあることも、私は痛いほどに理解していた。それは、日々の生活における目的と、人との繋がりだ。
「定年後、俺は一体何をすればいいんだ…?」毎晩のように布団の中で考え込む。そんなある日、ふとしたきっかけで地元の写真クラブの存在を知った。子供の頃、父にもらった古いカメラで遊んだ記憶が蘇る。あの頃は何もかもが新鮮で、シャッターを切るたびに心が躍った。
「もしかしたら、これがチャンスなのかもしれない…」その思いが、私の中で小さな光となって膨らんでいく。初めてクラブの集まりに参加する日、私の心は久しぶりに緊張で締め付けられた。しかし、その緊張は次第に興奮へと変わっていった。同じ趣味を持つ人々との会話は、思っていた以上に楽しく、刺激的だった。
「なるほど、こうやって光を捉えるのか…」クラブメンバーから技術的なアドバイスをもらいながら、私は自分のカメラを構える。指先に伝わるシャッターボタンの感触、ファインダー越しに見える世界。それはまるで、新たな人生の扉を開く鍵を握っているかのようだ。
撮影を終えた後、その写真を見返していると、心の中にあった緊張感が徐々に解けていくのを感じた。そして、それと同時に、新しい何かへの欲望や興奮が湧き上がってきた。この歳になってもまだ、新しい世界に足を踏み入れることができる。そう思うと、これまでの不安や迷いが嘘のように消えていく。
「定年後も、人生はまだまだこれからだ。」私はそう確信した。そして、これからも新しい挑戦を恐れずに、自分の足でしっかりと歩いていく。その一歩一歩が、私にとっての物語りなのだから。
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