秋の夜、菊の香が庭を漂う。涼子の着物は深紅に染まり、帯の結び目が月光に浮かぶ。彼女は42歳、夫の不器用な愛と子供たちの笑顔に守られた人妻だ。だが今夜、彼女の心は別の男の影に揺れている。
彼の名は悠斗。涼子の茶道教室の生徒で、10歳年下だ。鋭い目と静かな声で、彼女の心に波紋を投じた。最初はただの好奇心だった。夫の帰宅を待つだけの夜、悠斗の言葉が涼子の孤独を埋めた。茶室での会話は、やがて囁きに変わり、指先の触れ合いは禁断の熱を帯びた。
「涼子さん、こんな綺麗な人は見たことないよ。」悠斗の言葉は甘く、菊の香に混じる毒のようだった。彼女は抗おうとした。夫の顔、子供たちの寝顔を思い出した。だが、着物の裾を乱す彼の手を、涼子は拒まなかった。
今夜、夫は出張で不在だ。涼子は悠斗を自宅に招いた。茶室の障子が閉まり、菊の香が濃くなる。彼女の唇は震え、背徳の快感に溺れる。「これで終わりよ」と自分に言い聞かせるが、悠斗の瞳は彼女を逃がさない。
翌朝、涼子は鏡の前で着物を整える。夫が帰る前に、すべてを元に戻さねばならない。だが、菊の香はまだ彼女の肌にまとわりつき、心の奥に刻まれた罪を思い出させる。涼子は知っている。この情事は、彼女をゆっくりと飲み込むだろう。
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数日が過ぎ、涼子は日常を取り戻そうと努めた。夫の笑顔に答え、子供たちを送り出し、茶道教室では平静を装う。だが、悠斗の存在は彼女の心を締め付ける。彼からの短い手紙、茶室の隅に隠された一輪の菊。全てが彼女をあの夜へと引き戻す。
「もう会わない。」涼子は自分に誓った。だが、茶道教室の終わりに悠斗が残ると、彼女の決意は揺らぐ。「涼子さん、僕にはあなたが必要なんだ。」彼の声は低く、まるで彼女の心の隙間を埋めるように響く。涼子は目を閉じ、菊の香を深く吸い込んだ。
ある晩、夫が寝静まった後、涼子は着物を手に取った。深紅の生地を身にまとい、彼女は家を抜け出した。悠斗が待つ古い旅館へ向かう道は、月明かりに照らされ、まるで彼女の罪を暴くようだった。旅館の部屋で、悠斗は彼女を抱きしめ、着物の帯を解いた。「君は僕だけのものだ」と彼は囁く。
だが、その夜、涼子の心に新たな影が落ちる。悠斗の携帯に映った見知らぬ女の写真。彼女の名を尋ねると、彼は笑って誤魔化した。「ただの友達さ。」その言葉に、涼子は冷たい予感を抱く。彼女が背徳に身を委ねたように、悠斗もまた別の秘密を抱えているのではないか。
帰宅した涼子は、鏡に映る自分を見つめる。着物の裾には旅館の土埃が付き、菊の香はもはや甘くはない。夫の寝息が聞こえる中、彼女は考える。この情事は愛なのか、それとも破滅への誘いなのか。悠斗の瞳に映る真実を、涼子はまだ知らない。
庭の菊は静かに萎れ、秋は深まる。涼子の心は、絡み合う糸のように解けなくなる。彼女の物語は、さらなる闇へと続く。
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