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夜桜に濡れる遊女の肌


夜桜が静かに揺れる吉原の奥、しっとりと湿った風が肌を撫でる。

私は紫緒——遊女として生きること十余年。何人もの男を迎え、何人もの男を送り出してきた。けれど今宵、私の心はいつもとは違うざわめきを見せている。

「紫緒、今夜はおまえと二人きりでいたい」

そう囁いたのは、馴染みの客でもない、ただの通りすがりの男だった。身なりはよくある武士のそれ。だが、その目はどこか哀しげで、私を映す瞳の奥には消えない炎が揺らめいていた。

「ふふ……こんな女を独り占めして、後悔しませんか?」

私は冗談めかして笑いながら、彼の手を取った。指先が触れるだけで、胸の奥がちりちりと疼く。こんな気持ち、もう忘れていたはずなのに……。

障子の向こう、庭の桜が月明かりに照らされている。ひらりと舞い落ちた花びらが、私の肩にそっと触れた。

「おまえは、夜桜みたいだな……美しく、けれど儚い」

彼の声が耳元をくすぐる。ひんやりとした指が襦袢の合わせをそっと緩め、露わになった肌に触れた。外気に晒されると同時に、背筋を這う熱が込み上げてくる。

「今夜だけは……咲かせてくれないか」

言葉とともに、熱い吐息が首筋を這う。胸の奥に押し込めていた何かが弾け、私は彼の首に腕を回した。

桜の香りが満ちる夜、私は彼の腕の中で静かに濡れていく——


彼の指がそっと私の背をなぞるたびに、甘い痺れが広がる。まるで桜の花びらが肌に溶けていくように、彼の唇がゆっくりと這い降りていく。

「紫緒……今、この瞬間だけは、何もかも忘れさせてくれ」

彼の声はどこか切なげで、まるで己を慰めるかのような響きを帯びていた。その言葉に、私は思わず彼の頬に手を添える。

「あなたが望むなら、私は今夜、散る桜でありましょう……」

そっと囁くと、彼の腕が強く私を抱き寄せる。その熱が、私の中の孤独を溶かしていく。絡み合う指、押し寄せる鼓動、肌に落ちる夜桜の雫——

今宵、私は彼に抱かれながら、ほんのひとときの夢を見る。遊女という名を忘れ、一人の女として、この夜に咲き誇ることを許されるひと時の夢を——


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