雨が屋根を叩く音で目が覚めた。
時計を見ると、もう日付が変わっている。
「やだ…またこんな時間に起きちゃって…」
寝返りを打った瞬間、ふっと視線を感じた。
欄間。
暗闇の中、格子の向こうがわずかに揺れている。
「……ねえ、見てないわよね?」
小声で呟きながら布団を胸元まで引き寄せた。夫は単身赴任で家にいない。
なのに、この数ヶ月、真夜中になると必ず“誰か”の存在を感じるのだ。
その影は、私が眠れず身じろぎした時だけ現れる。
まるで、私が起きるのを待っているかのように。
「見ないで…って言ってるのに……」
そうつぶやいた瞬間、欄間の向こうの暗がりがすうっと動いた。
心臓がぎゅっと縮む。でも、怖さだけじゃない。
湿った夜気が素肌を撫で、鼓動がじわじわ熱を帯びていく。
影は、ゆっくりと欄間の隙間に寄った。
こちらを覗きこむように。
私は視線を逸らしきれず、布団の端を強く握りしめた。
「やめてよ…そんな見方……」
震える声。けれど、どこか甘さが混ざっている。
影は答えない。ただ、私の言葉に合わせるように形を変え、細長く揺れた。
その揺れが、まるで息づかいのように見える。
「ほんとに、見ないで…恥ずかしいんだから……」
口では拒んでいるはずなのに、体は逃げない。
薄いパジャマの布越しに、夜気が入り込んでいく。
すると――影がふっと欄間から離れた。
あれ、いなくなった? と胸がすうっと冷えた瞬間。
耳元で、かすかな息づかいがした。
「えっ……いつの間に……」
誰もいないはずなのに、誰かがすぐ横にしゃがみ込んでいるような気配。
肩にそっと落ちた冷たい空気が、指の形を作る。
「だめよ……そんなふうに触れたら……誤解しちゃうじゃない……」
言葉が震え、身体が小さく跳ねた。
影は、まるで私の反応を楽しむように、ゆっくり寄り添う気配を濃くしていく。
しかし次の瞬間、雷が鳴り、部屋が一瞬だけ明るくなった。
影がふっと薄れ、欄間の向こうに戻っていく。
「……行っちゃうの?」
思わず漏れたその声に、自分でも驚く。
欄間の影が、ひとつだけ小さく揺れた。
まるで“また来る”と約束するみたいに。
私は布団を胸に抱き寄せ、そっと目を閉じた。
「……次は、優しくしてね」
闇は静かに、その言葉だけを抱きしめていた。
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