カリカリと乾いた砂利を踏む音が荒野に響く。陽は傾き、地平線にオレンジの帯が広がっていた。静かすぎる。いつもなら、遠くで馬の鳴き声や風に乗った砂の音が聞こえてくるのに、今日はただの静寂。そう、何かが起こる前触れのような…そんな張り詰めた静けさが、胸に重くのしかかってくる。
「…出てきな、リカルド。わかってるんだ、ここにいるってことは」
サラは口を開き、声を張り上げた。長い金髪が風に揺れる。砂埃にまみれたガンベルトを腰に巻き、手には銃が握られている。
「ふん、やっぱりお前だったか」
低く、そしてどこか懐かしげな声が返ってきた。背の高い影が岩陰から現れる。リカルド――賞金稼ぎとして名を馳せ、今やお尋ね者となった彼は、かつてサラの仲間だった。
「サラ、お前はどうしてこうなっちまったんだ?仲間だったじゃねぇか」
「…だからこそ、だよ」
サラは一瞬、目を伏せた。かつては共に旅し、銃を交えた仲間だった彼と、今は敵として対峙する立場にある。彼女はリカルドの命に懸かった賞金を得るためにここに来たのではない。むしろ、それが彼女をここまで引きずり出した理由だった。
「リカルド、お前のやってきたことは、もう許される範囲を超えてるんだ」
リカルドは口元を歪めて笑った。軽く手を掲げ、無造作に銃を取り出す仕草を見せる。だが、彼女を撃つつもりはないようだった。ただ、何かを伝えたかったのだろう。
「許される範囲だって?…じゃあ俺が生き延びるためにやってきたこと、お前は簡単に批判できるのか?俺はただ、この腐った世界で生きようとしただけなんだ」
「そんなの、わかってる。私だって同じさ。生き残るために、何度も引き金を引いてきた。けど、それでも――」
彼女の声が震える。握った拳の中で汗がにじむ。思い出したのは、彼と過ごした数々の冒険の日々だ。荒野を駆け抜け、酒場で笑い合い、時には馬鹿みたいに未来を夢見た。
「サラ…俺たちが目指した未来なんて、もう夢の中でしかないんだよ」
「黙れ!」
彼女の声が荒野にこだました。涙が滲みそうになるのを無理やり堪え、サラは銃を構えた。リカルドも静かに銃を持ち上げ、互いに視線を交わす。
「サラ、俺を撃つってんなら、さっさとやってくれよ」
彼の言葉が刺さるように響く。だが、彼女はわかっていた――この銃撃戦が終われば、自分が彼を殺すか、彼に殺されるかしかないのだ。どちらが生き残ったとしても、そこに残るのは虚しさだけだ。
「…そう簡単に割り切れたら、こんなに苦しくはないんだよ」
かすかに彼女の声が震える。何度も引き金を引き、何人もの命を奪ってきたが、彼だけは違った。彼を殺せば、自分の中で何かが変わってしまうことが、わかっていたからだ。
「俺がこうなったのは、サラ、お前が俺を見捨てたからだ」
リカルドの言葉が胸に突き刺さる。あのとき、自分が彼を見捨てず、そばにいたなら、彼がここまで堕ちることはなかったかもしれない――そんな思いが彼女の心を乱す。
「…私は、何も変わらないと思ってた。いつだって生き残ればいい、そんな単純なことだと…」
彼女は口元を噛み締める。だが、今、目の前にいる彼はもう、かつてのリカルドではなかった。目は虚ろで、心には荒野の冷たさが染みついていた。
「サラ…」
「リカルド…」
二人は静かに目を合わせ、互いの息遣いだけが聞こえるような張り詰めた瞬間が訪れる。風が吹き、砂埃が舞い上がる。その瞬間、二人は同時に引き金に指をかけた。
銃声が鳴り響く。瞬間、リカルドが膝を突いた。
「…やっぱり、お前は強いな…」
リカルドは苦笑いを浮かべながら、ゆっくりと地に伏す。サラは息を飲み、震える手で銃を下ろした。彼の視線が遠のいていくのを見つめながら、心の奥底で何かが崩れ落ちる音がした。
「リカルド…」
彼女は彼のもとに膝をつき、静かにその手を握った。生きるために戦うこと、それが彼女の選んだ道だったが、この瞬間、彼を失ったことで自分の中の何かが壊れてしまったことを感じていた。
「サラ…お前は…自分の道を進め…俺みたいに、な…るなよ」
彼の言葉が消え入るように途切れた。その瞬間、彼女はもう二度と戻らないものを失ったのだと悟った。
荒野には再び静けさが戻る。夕陽が沈み、夜の帳が降りる中、彼女はただ黙って、目の前に横たわるかつての仲間を見つめていた。
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