**場所:江戸の長屋、夜**
冷たい夜風が吹き抜ける長屋。ぼんやりとした灯りが揺れ、静寂の中、わずかな咳の音が響く。私はその音を聞くたびに、胸が締め付けられる思いで父の傍に座り込んだ。
おさよ:「おっとつぁん、お薬持ってきたよ。朝鮮ニンジンだよ。ほら、少しでも飲んでおくれ……」
徳兵衛:「ゴホゴホ……すまねぇなぁ、おさよ……母ちゃんが生きてりゃ、こんな苦労は……」
私は父の顔をじっと見つめた。痩せ細った頬に、深い皺が刻まれている。「おっとつぁん」だなんて、私の目の前にいるこの人が、かつては元気で、町の皆から「徳兵衛さん、徳兵衛さん」と頼りにされていたことが信じられない。けれど、あの時の父のままでいられるよう、私は精一杯働き、必死に金を稼ごうとしてきた。
けれど、それだけではどうにもならない。父の病には、あの高価な薬が必要なのだ。それを手に入れるために、私は近所の高利貸し、利兵衛から金を借りてしまった。
おさよ:「ねぇ、おっとつぁん……私が借金してまで薬を買ったら、おっかさんに叱られるかな?」
徳兵衛:「バカだなぁ、おさよ……俺が早く元気になって、お前と一緒にまた働けるようになれば、それで……ゴホゴホ……」
父の弱々しい咳が止まらない。その音が心にしみ、泣きたい気持ちをぐっと抑えた。
**数日後**
薬のおかげか、少しは落ち着いてきた父の様子に、私はほっと胸をなでおろした。しかし、安心も束の間、利兵衛の取り立てはますます厳しくなっていった。あの男の冷たい目が、いまだに心に刺さるようだ。
**夜、長屋の戸が乱暴に叩かれる**
利兵衛:「おさよさん、借金の期日だ。払えねぇなら、身体で払ってもらおうか?」
おさよ:「そ、そんな……まだ返すめどがつかなくて……少しだけ待ってください!」
利兵衛は眉をひそめ、にやりと笑って、私をじっと見つめた。
利兵衛:「待ってもいいが、その分利息も上がる。おさよさん、若い体があれば高く売れる。そろそろ観念したらどうだ?」
言葉が喉につかえ、息ができなくなるほどの恐怖を感じた。でも、おっとつぁんを見捨てるわけにはいかない。
おさよ:「……お願いします。どうか、少しだけ……」
その時、後ろから声が響いた。
借金侍:「利兵衛、お前はいつも弱い者を痛めつけるのが好きだな。」
その声に振り返ると、薄暗い灯りの中、ひとりの男が立っていた。彼は町で噂の「借金侍」。困窮する人々を救い、借金の肩代わりをする侍だという。まるで浮世の正義が形をとったような姿に、私は目を見張った。
借金侍:「おさよさんの借金、俺が肩代わりする。これ以上、彼女を追い詰めるのは許さん。」
利兵衛は渋い顔をして侍を見つめ、そして小さくうなずいた。
利兵衛:「またあんたに出し抜かれちまったな、侍さんよ……」
悔しげに去る利兵衛を見送り、私は侍に向き直って頭を下げた。
おさよ:「ありがとうございます、お侍さま……あなたがいなければ、私……」
借金侍:「礼は無用だ、おさよさん。親孝行は立派なことだが、借金地獄に落ちてまで頑張ることはない。」
彼の言葉に、胸が少し軽くなった気がした。目の前のこの人が、まるで心を見透かすように優しく語りかけてくれる。私はふと、涙をこらえられなくなった。
おさよ:「……おっとつぁんがいなくなったら、私……私、ひとりぼっちになっちまうんです……おっとつぁんだけは、どうしても……」
借金侍は静かに私の肩に手を置き、ひとことだけ言った。
借金侍:「おさよさん、父親を想うその心はきっとお父さんにも伝わってる。無理せず、できることをやっていけばいい。必ず救いの道は見つかる。」
**その後の日々**
借金侍の助けを受け、私はまた父とともに穏やかな日々を過ごすことができた。父も少しずつ元気を取り戻し、町の人々の手助けを受けながら、私たちは生活を続けていった。あの侍に出会えたことは、今でも運命のように思える。
**結び**
おさよ:「おっとつぁん、いつか、あのお侍さんに恩返しできるようになりたいね。生きてさえいれば、きっとその時がくるよね……」
父もまた、しみじみとうなずいた。その穏やかな日々を守り続け、いつか彼に報いるために。そう、私は決して諦めないと心に誓ったのだった。
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