自由を手に入れた男が出会った不思議な女性

夜の帳が降りた街は、暗く静かで、まるで別の世界に迷い込んでしまったようだった。離婚してからというもの、解放感と不安が入り混じるこの感覚になかなか慣れない。

自由になったはずなのに、どこか空虚な自分がいる。仕事だけに没頭していた昼間とは違い、夜になるとその孤独がひしひしと襲ってくるのだ。そんなときだった。彼女に出会ったのは。

その店は、灯りが控えめで、人が少ない。そして何より静かだった。濃い琥珀色の液体をグラスに注がれ、そっと口に含む。その瞬間、目線の先に彼女がいた。長い黒髪に、どこか憂いを秘めた薄い唇。視線がこちらに向かうだけで息が詰まりそうなほど、美しい人だった。俺は、その隠しきれない孤独を思わせる表情に目を奪われたのだ。

彼女が近づいてくる。まるで他の誰にも気づかれないようにそっと歩くその仕草に、俺は心を奪われる。隣の席に腰掛けた瞬間、彼女が口を開いた。

「あなた、最近自由になったでしょう？」

何の前触れもなくその言葉が飛び込んできた時、胸の奥が軽く揺れた。自由になった…確かにそうだ。だが、それを感じるたびにいつもつきまとう寂しさや、自分が選んだ道への迷いは、彼女にはすべて見透かされているようだった。

「どうしてわかるんですか？」

問い返す自分の声が、どこか震えていたのを覚えている。彼女はその答えを探すでもなく、ただ微笑んでグラスを傾けた。

「自由になると、失うものも多いのよ。だけど、それを感じられるのもまた自由だと思わない？」

その言葉がじわりと胸に沁みていく。彼女の目にはどこか遠い過去を見つめるような影があった。なのに、その目の奥にある深い光がまるで何かを知っている確信めいたものを感じさせた。

俺たちはひとしきり話をした。彼女の言葉はどれも簡潔でありながら、的確だった。離婚後の解放感と罪悪感。手放したはずの過去への未練。それらをすべて抱えたまま、それでも前を向こうとしている自分を、彼女は何も否定しなかった。そして、その理解が救いのようだった。

ふと、彼女が言った。

「あなた、心の中にまだ鍵を持ってる。」

俺は戸惑いを隠せなかった。彼女が何を言おうとしているのか、全てを悟られている気がして怖かった。

「鍵？」

「本当の自由はね、その鍵を捨てないと手に入らないの。」

彼女はそれ以上何も言わなかった。

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