ねえ、あなたは信じる?
夜になると、街のどこかで、誰かがこっそり消えるって話。
あの夜も、そうだったの。
私はいつものように、深紅の口紅をひいて、ワインを一杯だけ飲んでから外に出た。
女が夜に出歩くには、理由がいるのよ。
…たとえば、秘密とか、欲望とか。
そのマンションの一室に、呼ばれたの。
「事件の真相を知りたい」と。
依頼人は中年の男性、顔色が悪くて、どこか焦げ臭い匂いがした。
彼の妻が突然姿を消したらしい。
最後に残されていたのは、赤い口紅の跡がついたグラス。
部屋の空気は、重かった。
カーテンは閉めきられ、時計の針がやけにうるさく響く。
そして私は見たの――鏡の前に立つ“もう一人の私”を。
…そう、確かにそこにいたのよ。
同じ服、同じ髪型、同じ口紅。
でも、笑っていたのは私じゃなかった。
彼が振り返ると、そこには誰もいない。
鏡の中だけで、私が微笑んでいた。
「あなた、あの女をどこにやったの?」
鏡の中の“私”が、そう囁いた瞬間、電気が消えた。
次の瞬間、彼は倒れていた。
口元には、真っ赤な口紅の跡。
まるで、キスをされたみたいに。
警察が来たとき、私はもうそこにはいなかった。
部屋にはワイングラスが一つ、そして、鏡に残った手形だけ。
…あれから数日。
ニュースでは「心臓発作による事故死」と報じられた。
でも、私は知っている。
あの夜、彼の妻はちゃんと帰ってきたのよ。
鏡の中から。
ねえ、あなたも気をつけて。
夜、鏡をのぞくときは――
そこに映る“あなた”が、本当にあなたかどうか。
赤い口紅の女が見た、夜の密室。
真相はまだ、どこかで息をしているの。
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