「……もしもし、警察ですか?」
「人が……死んでるんです」
「お名前を伺えますか?」
「美香……美香です」
通話は、そこでぷつりと途切れた。
だが、美香――その名は、三年前に死亡届が出ている。
「ふふ……久しぶりね。忘れたの?」
「あなたが最後に私を見たのは、あの夜……ベッドの中だったじゃない」
男の耳元で囁くような声が、録音データに残っていた。
かすかな吐息とともに。
「触れたいの? でも、もう私は……冷たいのよ」
「それでもいいなら、来て。あの部屋に……」
団地の廊下を、黒いストッキングの足音がすべる。
ヒールが床を叩くたび、甘い香りが漂う。
「ねえ、どうして逃げるの?」
「あなたが呼んだんでしょう? あの夜みたいに……」
鏡台の前、ルージュの跡がついたグラス。
紅い唇が微笑み、声が重なる。
「男って、どうしてこうなのかしら。死んだ女にも惹かれるなんて」
「ねぇ、もう一度……抱いてみる?」
風が吹き抜ける。
カーテンが揺れ、ガラス越しに白い手が見えた。
「怖がらなくていいの。私は、もう痛みを知らない」
「あなたの鼓動の音だけ、聞かせて」
電話の向こうから、最後に聞こえた声。
「ふふ……やっぱり、あなたが好きよ」
翌朝、団地の廊下に落ちていたのは、
黒いストッキングと、真っ赤なルージュだった。
―――――
「ねえ、聞こえる? 今夜も、電話するから……」
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